「紙一枚」が世界を救う? 14歳の少年が発見した「オリガミ×物理学」の衝撃的強度

はじめに:イノベーションは「ハイテク」だけじゃない

私たちテック好きは、つい最新のGPUやAIモデル、量子コンピュータといった「シリコンの中の出来事」に目を奪われがちです。しかし、物理的な現実世界(アトムの世界)にも、まだ解き明かされていない魔法が潜んでいることを忘れてはいけません。

今回紹介するのは、ニューヨークの14歳の少年が、たった一枚の紙と「オリガミ(Origami)」の力で、NASAも注目する構造力学の常識を再定義してしまったというニュース。

「コピー用紙が、自重の9,000倍以上の重さを支える」

にわかには信じがたいこの数字が、将来の災害救助の現場を一変させるかもしれません。


14歳が掴んだ25,000ドルの栄冠

2025年10月28日、米国最高峰の中学生向け科学コンテスト「Thermo Fisher Scientific Junior Innovators Challenge」の授賞式がワシントンD.C.で開催されました。そこで頂点に立ったのが、ニューヨーク・マンハッタンのHunter College High School 9年生、マイルズ・ウー(Miles Wu)さん、14歳です。

研究の概要

テーマ: 伝統的な「ミウラ折り(Miura-ori)」の物理的特性と、災害用シェルターへの応用可能性の検証

実験内容:

  • 紙の種類(コピー用紙から厚紙まで3種類)
  • 平行四辺形の高さ(1インチと2インチ)
  • 平行四辺形の幅(0.5、1、2インチの3種類)
  • 折り目の角度(45度、60度、75度)

これらを組み合わせた54種類のプロトタイプを手作業で折り、108回の負荷テストを実施しました。

驚きの発見

公式発表によれば、最適化されたミウラ折りは自重の9,000倍以上の負荷に耐えられることが実証されました。Miles Wu本人はBusiness Insiderのインタビューで「最終的な統計では10,000倍を超えた」と語り、「ニューヨークのタクシーが象4,000頭を支えるようなもの」と例えています。

さらに意外だったのは、厚手の紙よりも、一般的なコピー用紙のような薄い素材の方が、重量対強度の比率が高かったという発見です。

受賞

Miles Wuさんは、2024年のハリケーン・ヘレンや2025年1月のカリフォルニア山火事などの自然災害を見て、「強くて、軽く、すぐに展開できる」避難所が必要だと感じたと述べています。彼は7歳からオリガミを折り続けており、パンデミック中に本格的に技術を磨きました。

全米から約2,000名の応募者の中から選ばれたトップ30のファイナリストとして、ワシントンD.C.で研究発表とチーム課題に挑戦。Society for ScienceのMaya Ajmera会長は「Milesは科学的創造性、リーダーシップ、協調性において卓越していた」と評価しています。

賞金の25,000ドル(約370万円)は大学の学費に充てる予定で、Miles Wuさんは「将来は実際に人を守れるオリガミ・シェルターのプロトタイプを作りたい」と次なる目標を語っています。


なぜ「紙」が鉄壁になるのか?

単なる「工作」がなぜ科学賞の頂点に立ったのか。テック・エバンジェリストの視点で、このニュースの背景にある工学的(エンジニアリング)な凄みを深掘りします。

1. 宇宙開発技術「ミウラ折り」のDNA

Miles Wuさんが注目した「ミウラ折り」は、実はただの折り紙ではありません。1985年に日本の宇宙科学者、三浦公亮氏(東京大学名誉教授、現・日本折紙学会会長)が考案した、地図や人工衛星の太陽電池パネルに使われる高度な工学技術です。

ミウラ折りの歴史的マイルストーン

年出来事1985年三浦公亮氏がミウラ折りを考案1995年日本のSpace Flyer Unit(SFU)衛星で初の宇宙実証2014年NASA JPLとブリガム・ヤング大学が82フィート級ソーラーアレイのプロトタイプ開発2025年Miles Wuが災害用シェルターへの応用で科学賞受賞

技術的特徴

ミウラ折りは**剛体折り紙(Rigid Origami)**の一種で、以下の特性を持ちます:

  • ワンアクション展開: 対角線上の力を加えるだけで全体が一度に展開・収納できる
  • 平面保持: 各パネルが完全に平坦を保ったまま折り畳める(硬い素材に適用可能)
  • 直角の回避: あえて直角を避けることで折り目への応力集中を回避し、耐久性を向上

NASAのJet Propulsion Laboratory(JPL)のBrian Trease研究員は、ミウラ折りについて次のように述べています:

「この折り方の機械的構造は非常にシンプルです。なぜなら、展開するために必要な入力は一つだけだからです。引っ張る——それだけで全体が開きます」

2. 「薄いほうが強い」というパラドックス

今回のMiles Wuさんの発見で最も興味深いのは、「厚紙や重い素材よりも、コピー用紙の方が強度対重量比が優れていた」という点です。直感とは逆ですよね?

エンジニアリング視点の考察

構造力学において、折り紙構造の弱点は「ヒンジ(折り目)」に集中します。厚い素材を鋭角に折ると、折り目部分の素材が疲労したり、微細な亀裂(クラック)が入ったりしやすくなります。

Miles Wuさんの実験結果は、「素材の柔軟性」が「構造としての剛性」を維持するために不可欠であることを示唆しています。薄い紙は鋭角に折っても繊維が切れにくく、結果としてミウラ折りの幾何学的な強度(トラス構造に近い荷重分散効果)を最大限に発揮できたと考えられます。

これは「より少ない材料で、より大きな強度」という、サステナビリティの観点からも極めて重要な発見です。

3. 「シェルターのトリレンマ」を解決する可能性

災害用テントや仮設住宅には、常に以下の3つの課題(トリレンマ)がありました:

  1. 頑丈であること(風雨に耐える)
  2. コンパクトであること(輸送しやすい)
  3. 設営が容易であること(専門家不要)

既存のテントは「軽いが脆い」、コンテナハウスは「頑丈だが運ぶのが大変」。Miles Wuさんの研究は、ミウラ折りの特性を最適化することで、「普段は板のように薄く、現場で一瞬にして頑丈な部屋になる」という、夢のシェルター実現への道筋をつけたと言えます。


実用化へ。すでに動き始めている研究

Miles Wuさんの研究は学生コンテストの枠を超え、実は世界中の大学と研究機関で類似の取り組みが進行中です。

主要な研究プロジェクト

ハーバード大学(2021年)

Katia Bertoldi教授率いるチームが、膨張式オリガミシェルターを開発。空気圧で膨らませると「バイスタブル(二安定)」状態になり、圧力を抜いてもそのまま立ち続ける構造を実現しました。

「災害地域に展開する緊急シェルターとして想定しています。トラックに平らに積み重ね、一つの圧力源で膨らませるだけです」(David Melancon、ハーバード大学)

メイン大学(2022年)

Masoud Rais-Rohani教授とAnthony Verzoni大学院生が、数分で展開可能なフラットフォールド型シェルターの設計を完成。FEMAへの提案を視野に入れています。

「最終目標は、主に人道救援活動のために大量生産されることです」(Rais-Rohani教授)

ノートルダム大学

Ashley Thrall教授の「Kinetic Structures Laboratory」が、米陸軍Natick Soldier Research Centerの資金提供を受け、軍事・災害救援両用のオリガミシェルターを開発中。30分以内に2〜3人で設営可能な設計を目指しています。

なぜ今、オリガミシェルターなのか?

気候変動による自然災害の頻発化が背景にあります。国連の統計によれば、2024年だけで世界中で約1億800万人が災害により家を失いました。従来のテントやプレハブ住宅では、展開速度・輸送効率・耐久性のバランスが取れていませんでした。

オリガミ工学は、この課題に対する**「数学と物理学に基づいた確実な解決策」**として期待されています。


🚀 まとめ:次のイノベーションは「あなたの手元」にある

14歳の少年が、最先端のラボではなく、自宅にある「コピー用紙」と「重り(ダンベル)」で世界的発見をしたこと。これこそがハッカー精神の真髄ではないでしょうか。

AIがコードを書く時代になっても、物理的な「モノ」の形や構造には、まだまだ改良の余地が残されています。Miles Wuさんは賞金を大学の学費に充て、将来的には実際に人を守れるオリガミ・シェルターのプロトタイプを作りたいと語っています。

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